陸の男と海の華
この物語は、遠い昔・・・
人間がまだ森や、海に住まう者と共に生きていた頃のお話に御座います・・・。
時は今より数百年も前になりましょうか・・・。深い深い海の底に美しい御殿がありました。
通常、海の中では、人は息をすることが出来ません。しかし、どういうわけか、
この御殿の中は海とも陸とも違う空気が流れ、人も魚たちも同じように存在することが出来るのです。
海の御殿は、珊瑚や真珠や美しい貝殻で作られており、しかも、
御殿の奥には『海の華』と呼ばれる秘宝が眠っているという噂。
その『海の華』は持ち主の望むことなら何でも叶えてくれる魔法の石で、今まで多くの陸の愚か者達が
この宝を狙ってやってきましたが、誰も彼も皆、海の王の力で醜いウツボやクラゲに姿を変えられてしまい、
誰一人として無事に帰ってきたものは居りませんでした・・・。
海の中はいつも平和で争いごとの無い、極楽のような世界です。
特に前王が位を譲り『剣心様』が海を治めるようになってからは、時折人間の侵入があるくらいで、
波一つも起こらぬ誠に静かで平和な海の都でありました。
その日も剣心様は、お一人で絵巻物を眺めて過ごして居られました。
美しい天女の絵を夢中で眺めておられた剣心様でしたが、
ふと部屋の外が騒がしいことに気が付かれ、少し気になって声のするほうへ行って見る事に致しました。
声のする方には、案の定沢山の人だかりが出来ており、身体のお小さい剣心様には、
背伸びをしても到底見えるものではありません。
「・・・お前たち、何の騒ぎです?」
静かに、でも良く透る美しい声で剣心様はお聴きになりました。
その途端に沢山の人だかりを作っていた家来や侍女たちが、一斉に剣心様の前にひざまずき、
家臣の『縁』と『蒼紫』が人間の男を取り押さえて居るのが見えました。
「・・・これは、剣心様。」
「コノ人間が城に忍び込んでイルのを発見致しまして。」
代わる代わる話す二人の家臣たち、黒い髪をした兄の方が『蒼紫』。白い髪をした弟が『縁』です。
二人に取り押さえられている男は背が高く、端整な容姿も陽に焼けた肌もとても凛々しい若者でした。
「お前・・・この城に何をしに来たのです?」
剣心様のお声が低く静かに響きました。城中の誰もが知っている、
人間を『海の外道』に変える前に出すお声です。
この声を聞いた人間は皆、醜い海の生き物になって未来永劫、海を彷徨うことになるのです。
しかし・・・
「お宝を盗みに来たんでぇ!!解りきったこと訊くんじゃねえよ!」
取調べをするまでも無くあっさりと自白してしまった若者に、剣心様はびっくりして眼を真ん丸くしていましたが、若者のあまりの正直さに、おかしくなって吹き出してしまいました。
「お前!!剣心様に向かって何という口の利き方だ!」
余りの物言いに家臣の蒼紫と縁は怒りましたが、
剣心様はおかしくて、おかしくて笑いが止まりません。
「蒼紫、縁、その者を離してやりなさい。」
剣心様は笑いすぎて泣きそうになりながら、二人に言いました。
「・・・しかし剣心様・・・」
「いいのです。本人がはっきりと『盗みに入った』と断言しているのですから、
もう取り調べる必要も無いでしょう?」
「・・・・ハイ・・・」
渋々二人は若者を離しました。若者はずっと押さえつけられていた腕を擦りながら、
剣心様の前で堂々と胡坐を掻いています。
「お前!剣心様の御前で・・・!」
「縁。」
若者に掴みかかろうとしていた縁を、剣心様が首を横に振って止めました。
「お前は面白い男ですね。今までここに来た者達は皆、命乞いをするか、見苦しい言い訳をするか、どちらかでしたよ?」
剣心様はすっかりこの若者が気に入ってしまわれたのか、優しそうな笑顔を浮かべて問いかけます。
「てやんでえ!この相楽左之助様を、そこらのチンケな盗賊どもと一緒にするんじゃねえや!!
さあ、煮るなり焼くなり好きにしやがれ!」
・・・その返事を聴き、剣心様はほんの少しの驚きの後満足げに笑うと、家臣たちを全員下がらせました。
「左之助と言いましたね?・・・さあ、こちらへいらっしゃい。」
剣心様は、そう仰ると左之助を御自分の部屋へ入れてくださいました。
左之助は自分の狭い長屋と違い、余りにも豪華な室内の造りに、キョロキョロと落ち着きもなく辺りを見回すことしか出来ません。
「ここへお掛けなさい。」
勧められた椅子にも腰掛けることなく、左之助は呆然と立ち尽くしておりました。
それもそのはずです。剣心様が無造作に勧めた椅子は大木のように太く、しかも美しい珊瑚を削って作られた物で、自分のような粗末ななりをしたものが座って良い品などとは到底思えなかったのです。
そしてそれ以上に・・・
二人きりになった部屋で、改めて剣心様のお姿をまじまじと見つめた左之助は、
その輝くばかりの美しさに思わず息を呑んでおりました。左之助は男でも女でもこれほどの美貌を持つ人間を見たことがありません。
夕焼けの茜色をそのまま移した様に長い髪・・・紅い珊瑚よりも艶やかな唇・・・
海の雫よりももっと美しい瑠璃色の瞳・・・そしてその瑠璃を覆う長い睫毛・・・
剣心様は『海の王』という高い身分に相応しく、絹のそれは豪華な着物を身に纏い、
髪には左之助など見た事もないような、色とりどりの宝石を散りばめた簪をさしておられましたが、そんなものは左之助の眼には入って来ませんでした。
どのような理由で出来たのか、剣心様の御顔には左頬に大きな十字傷が御座います。しかしそれでさえも、剣心様の美しさを引き立てているように左之助には思えたのです。
・・・左之助は一目で剣心様を好きになってしまいました。
「左之助・・・どうして、こんな危険を冒してまでお前は海の宝を狙ったのですか?」
冷えた左之助の身体に毛布を着せ掛け、甘い香りのする暖かいお茶を淹れてやりながら、剣心様は不思議そうに訊ねました。
剣心様にはどうしても解らなかったのです。師走の冷たい冬の日に、氷のような海に潜ってまで御殿の宝を盗もうとしたその目的が・・・。
「オレは・・・」
左之助がポツリポツリと話し始めました・・・。自分が孤児だということ。自分の住んでいる村が、無理な年貢の取立で食べるものも無く、飢え死にする村人まで出ているということ・・・。孤児である自分にも分け隔てなく優しくしてくれた村人たちに、正月の餅や酒を買ってやりたかったのだということ・・・。
剣心様は左之助の話を聞きながら、胸が締め付けられるような想いでおりました。自分が贅沢な衣に身を包み、食べ物など余るほどあるような暮らしをしていた時に、左之助達は死ぬような辛い目に遭っていたのです。
「左之助・・・ちょっと待っていなさい・・・」
そう言うと剣心様は奥の間に篭ってしまわれました。しばらくたち、再び左之助の居る部屋へ帰ってこられた時には、剣心様は手に小さな箱をお持ちでした。剣心様が蓋を開けると、左之助の目の前に虹色に輝く石が現れたのです。
「・・・・・?」
左之助の手のひらでも、光を放ち続ける虹色の石。
「これが『海の華』です・・・。心の美しい者が持てば虹色に輝き、心の醜い者が持てば黒く染まります。」
「これ・・・」
「それを持って村にお帰りなさい。その石はきっとお前の力になってくれる。」
「いいのか?・・・こんな大事なもん・・・」
もともと、この石を盗みに来たのにわざわざそんなことを聞く左之助に、剣心様は穏やかに頷かれました。
「ええ・・・お前のように清い心の者が主になってくれるなら、きっと『海の華』も喜ぶでしょう・・・」
『左之助の為に、何かしてやりたい』
剣心様の心はそのことで一杯で御座いました。実は剣心様もまた、今日出会ったばかりの左之助に、強く心惹かれて居たので御座います。しかし、剣心様は二人が決して結ばれることは出来ないことをご存知でした・・・それならば、陸の世界へついて行けぬ自分の代わりにと『海の華』を差し出したのです・・・。
「なあ・・・またあんたに会いに来ても良いか?」
何も知らない左之助は頬を紅くして尋ねます。しかし、剣心様は寂しそうに笑うだけでした。
「陸の人間が、海の都に入れるのは一度だけ・・・」
「・・・え?」
眼を見開いた左之助が、言葉を紡ぐよりも早く剣心様は次の言葉を被せました。
「海の住人にならぬ限り、御殿へは簡単に出入りできないのです。そして、海の住人になってしまえば、陸へは二度と帰れない・・・」
「・・・どっちかを捨てるしかねえってのか?・・・」
「・・・・・・はい」
左之助は自分の手の中にある『海の華』をじっと見つめました。出来るなら今すぐにでも海の住人になって、剣心様の傍で暮らしたい・・・。しかし、今の自分には帰りを信じて待っていてくれる人達が大勢居るのです。
この『海の華』さえ持って帰れば、お腹をすかせた村人達は助かります。薬が買えずに苦しんでいる病人だって・・・。そんなことは左之助にだってよく解かっていました。でももうこれで、剣心様に二度と会えないのかと思うとそれだけで、左之助は胸が苦しくて苦しくて・・・。
あんなに欲しかった宝なのに、今はただの石ころにしか見えない『海の華』・・・。でも左之助は虹色の石を強く握り締めました。
「剣心・・・あんたが、好きだ・・・」
「私も・・・お前のことを・・・」
二人はじっと見詰め合うだけで、互いが他の誰とも違う『特別な存在』であることを感じていました。そして左之助は余りの愛しさに耐え切れず、剣心様の細い身体を引き寄せ、いきなり抱き締めてしまったのです。
「すまねえ・・・・こんなことして・・・」
震える声でそう言いながらも、左之助は剣心様を離そうとはしません。剣心様はふっと小さく息を漏らし、左之助の広い胸に身を委ねました。
「左之助・・・もっと強く抱き締めていて・・・」
「・・・剣心・・・」
「今だけでいいから・・・」
左之助も剣心様も、抱き合ったまま泣いていました。こんなに苦しいのなら出会わなければ良かったと、ふたりのたった1日だけの恋を悲しんでいたので御座います・・・。
「左之助・・・」
白龍の背に乗って御殿を後にする左之助を、剣心様はずっと見送っていました・・・。
愛しい陸の男が見えなくなっても・・・いつまでもいつまでも・・・。
無事、村にたどり着いた左之助を村人達は全員で迎えてくれました。左之助が懐から虹色の石を笑顔で取り出すと、小さな村中が歓声に包まれたのです。
「左之さ〜〜ん!!よく無事で・・・」
泣きながら真っ先に左之助にしがみ付いて来たのは、左之助が弟のように可愛がっている修でした。実は、修の母親は秋口から流行り病でずっと床に伏していました。薬さえ飲めばすぐに治る病気ということは分かっていたのですが、修にはその薬を買うお金も無かったのです。
「おう!帰ぇっきたぜ!修!!・・・待ってろ、今、薬を出してやるからな・・・」
左之助は『海の華』を両手で包み込み、願いました。すると、何も無い修の手の中に薬袋が現れたのです。
「その薬、母ちゃんに飲ませてやれ・・・きっと元気になるぜ」
「左之さん・・・有難う御座います!!!」
修は何度も何度も頭を下げながら、家へと帰って行きました。そして正月には、元気に修を叱り飛ばす母親の姿があったのでした。
こうして、『海の華』のおかげで村は明るさと平和を取り戻しました。左之助はご馳走や酒を用意して村人達に振舞いました。皆で飲んで騒いで、その年のお正月はいつも以上に幸せだったはずなのに、どうしても左之助の寂しさは消せません。
皆と笑っていても、ふと思い出すのは海の御殿と剣心様のことばかり・・・。会いたくて会いたくて気が狂いそうでした。
「・・・あれ?左之さ〜〜ん、どぉこ行くんすかぁ〜??」
「ん?ちょっとな・・・」
程よく酔いの回った顔をしている修に苦笑しながらそう言うと、宴もたけなわという時に左之助は席を立ってしまいました。外は一面の雪景色・・・剣心様の暮らす海の御殿にも雪は降るのだろうか?などと考えながら、左之助は白い花びらの舞う夜空を眺めておりました・・・。
「・・・之」
その時、背後で小さく左之助を呼ぶ声がしました。弱弱しい不安げな声でしたが、左之助には室内の喧騒よりもはっきりと聴こえました。
「・・・何で・・・?」
あんなにも焦がれていた、剣心様のお声でしたから・・・。
ゆっくり振り返るとそこには、小さな身体を縮めて寒さに震える剣心様のお姿があったので御座います。
「・・・お前に会いたかったから・・・人間になったんです・・・でも私には・・・もう何も残ってないから・・・永遠の若さも、命も、力も・・・そんな私が、自分の欲望だけで、お前の元に行ってもいいのかと・・・ずっと・・・・」
俯いたままの剣心様は、左之助達と同じようにみすぼらしい着物を着て、真っ白な細い指は冷え切って真っ赤に染まっています・・・左之助の両目からは暖かい雫が溢れ、剣心様の身体を強く抱き締めました。
「ばかやろう・・・!そんなくだらねえ事悩んで、こんなになるまで雪ン中にいるんじゃねえ!!・・・」
氷のような剣心様の身体を、左之助のぬくもりが包み込んでいました。愛しく思わないはずがありません。自分と一緒になるために、剣心様は身分も、永遠の命さえも捨てて来てくれたのです。
「身体一つで来てくれよ・・・お前ぇさえいれば、他には何にも要らねぇから・・・」
「・・・左之助・・・」
まだ雪はしんしんと降り続いておりましたが、抱き合う二人は少しも寒くありませんでした。
「さあ中に入ろうぜ、剣心。」
村人達がまだ大騒ぎを続けている室内へ誘う左之助を、剣心様は不安そうな眼差しで見詰めました。
「皆に紹介する・・・今日からお前ぇは、オレの家内だ。」
嬉し涙を一滴と満面の笑みをこぼしながら、剣心様は左之助の手を握りました。
こうして、左之助の村にまた一人・・・新しい家族が増えたので御座います・・・。
続・陸の男と海の華へ
このお話は、左之剣企画部屋であるさまに以前、投稿させていただいたものです。
今回、UPするにあたって大幅加筆修正致しました。・・・そのおかげで、当初姫初めでえっちがあったの
に見事削られてしまいましたが・・・(笑)
どうしても、新婚二人のラブラブえっちが読みたい〜〜vvと仰ってくださる奇特な方々は、裏ページ
へ行ってみて下さい(笑)裏の更新情報は表には載せておりませんので、ある日突然UPされているかも知
れません・・・(裏への入り口はノーヒント;;;と〜〜っても分かりやすい所にあります(笑))
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